鴻上尚史氏の『ロンドン・デイズ』は全ての英語学習者におススメの一冊【オーランド・ブルームがクラスメイト!?】

こんにちは。

若者にだけ与えられた特権、ワーキング・ホリデービザ。特別な技能がなくても海外で働きながら暮らせるなんて、とてもありがたいビザですよね。しかし、30半ばで英語を勉強し始めたわたしは、既に手遅れでした。海外で生活してみたい!と思っても、さまざまな障害があって、なかなか踏み出せません

そんな悶々とした気持ちを抱えた日々の中、鴻上尚史著『ロンドン・デイズ』に出会いました。鴻上氏は演劇に携わる者なら知らない人はいないというほどの劇作家・演出家です。39歳で挑んだロンドンでの一年演劇留学奮闘記が、活き活きとユーモラスに綴られています。演劇学校のことだけでなく、英語に悪戦苦闘する様も描かれているので、芝居関係者だけでなく、英語を学ぶ全ての方におススメします。 

ロンドン・デイズ  

鴻上尚史氏とは

テレビやラジオへの出演、雑誌の連載などの経歴をたくさん持つ方ですし、著作もたくさん出版されているので、ご存知の方も多いかと思いますが、プロフィールをご紹介させていただきます。

鴻上 尚史(こうかみ しょうじ、1958年8月2日 - )は、日本の劇作家・演出家である。劇団 『第三舞台』主宰。日本劇作家協会会長(代表理事)、日本劇団協議会・日本演出者協会理事。桐朋学園芸術短期大学演劇専攻特別招聘教授。株式会社サードステージ代表取締役。

Wikipediaより抜粋

この劇団『第三舞台』というのが80〜90年代の小劇場界を席巻した伝説とも言える劇団です。第三舞台の作品、俳優に憧れて芝居に足を踏み入れた演劇人は数知れず。この劇団出身の俳優さんは、今も舞台はもちろん、テレビや映画でも活躍する方々がたくさんいらっしゃいます。テレビドラマが好きな方には、筧利夫さんと勝村政信さんが一緒に在籍されていた劇団と言えば、その凄さが分かっていただけるでしょうか。

鴻上さんは、『第三舞台』休止・解散後も別の劇団を立ち上げ、第一線で精力的に活動されています

『ロンドン・デイズ』とは

本書で書かれているロンドン留学は、今から20年以上前の1997年の1年間。文化庁の芸術家在外派遣研修制度でギルドホール音楽・演劇学校に1年間留学し、俳優教育法を学ばれています。

俳優教育法を学んだと言っても、座学ではなく、各国から集まった生徒たちと一緒にレッスンを受けているのです。夢と希望に溢れた若者たちにの中に1人、プロの演出家で劇作家である中年男性が混ざって汗を流す。その様子を想像するだけで面白いですよね。レッスンや他の生徒たちとの交流の様子が、ユーモア溢れる文体で描かれています。

ちなみに、芸術家在外派遣研修制度は、以下の目的で、美術,音楽,舞踊,演劇,舞台美術等,映画,メディア芸術に携わる、新進の芸術家を支援する制度です。

本制度は,若手芸術家等が海外の芸術団体,劇場等で実践的な研修等に従事する機会を提供することにより,我が国の将来の文化芸術振興を担う人材を育成することを目的とするものであり,研修等を行う際の渡航費・滞在費を支援します。

とあるように、国の期待を背負い、国庫から金銭的支援を受けている留学ですから、実りのある一年にしなくてはならいという相当のプレッシャーがかかります。

実り多き研修期間にするためには、現地語をある程度話せる必要があります。しかも受け入れ先である学校からは、「英語ができなくて授業に支障をきたすようならすぐに参加を停止する」という条件付き。そのため、英語でのコミュニケーションに四苦八苦し奮闘する姿も、面白おかしく綴られています。

これから海外留学や海外生活を予定している人 、希望している人にはきっと 、異国で生活する知恵やヒントを見つけることができるでしょう 。

英語をものにしたいと思っている人 、英語を話したいと思っている人には 、たくさんのアドバイスを得ることができるでしょう 。

海外で俳優レッスンを受けたいとか 、海外の俳優教育を研究したいと思っている人には 、たくさんの実例を知ることができるでしょう 。

とご本人が書かれているように、海外生活、留学、英語、語学、演劇、そのいずれかに興味のある方にはとても面白く、ためになる本だと思います。

2000年に単行本が発売されたこの『ロンドン・デイズ』が、ラーメンズの片桐仁さんのイラストを表紙に文庫本化されました。お手に取りやすいお値段と、楽しい表紙。これは買わなきゃ損です!

この本のイチ押しポイント

演劇界の重鎮である鴻上尚史氏の本の感想を書くというのはとても緊張するのですが、上の説明でまだピンときていない方にもぜひ読んでいただきたいので、拙い文章ですが、もう少し詳しい説明と感想を述べさせていただきたいと思います。

留学生活を覗き見る

演劇に馴染みのない方には、そもそも演劇留学というものがピンと来ないかもしれません。日本には事務所の養成所や声優の専門学校はたくさんあるものの、俳優やスタッフを養成する独立した教育機関がほとんどありません。俳優育成のための確立された教育法もありません。その為、誰もが俳優になれるし、誰もなれないとも言えます。

しかし海外を見てみると、プロの俳優になるための演劇学校やアクターズスクールが存在する国がたくさんあります。(その良し悪しは別として)教育法や演技メソッドなども確立されています。中には、試験に受からないとプロの俳優を名乗れないという国もあります。
日本の敷居の低さと懐の深さも、それはそれで良いと思うのですが、舞台芸術の地位向上の為には問題があります。未だに、舞台は下積み、テレビや映画に出ることが成功と言われてしまいますしね。

そんな状況で、確立されたメソッドで演劇を学ぼうとする俳優、スタッフ志望の人たちが目指すのが、主にイギリスやアメリカなどの演劇学校/アクターズスクールです。中でもイギリスのロンドンは、その最高峰ともいえる場所です。

ハリウッドなどで活躍するような俳優たちも、どこかの学校に通っていた方が多いのですが、鴻上さんはなんと、オーランド・ブルームと同じクラスだったというから驚きです。しかもオーランドの話は本書にほとんど出てきません。なぜなら、当時は鴻上氏を刺激するような存在ではなかったから。つくづく、俳優の才能っていつどこで開花するか分からないものですね。

この演劇学校には、非常に個性豊かな学生たちが集まっています。鴻上さんの人物描写の素晴らしさにより、まるで自分もクラスメイトになったかのように、親しみが湧いてきます。中でも1番頻繁に登場するレイモンドは、あとがきでその後の彼の様子を知ることができることに喜びを感じるほど、愛おしい存在になります。

生徒だけでなく、先生たちも多彩です。第一線で活躍する俳優やトレーナーたちが教えるとはこういうことかと、このレッスンを受けられる人たちが羨ましくなります。中には俳優としては素晴らしいけれど、先生としてはちょっと…という方もいらっしゃいます。良いところも悪いところも全てひっくるめて、鴻上氏の冷静な視点で書かれた、イギリスの演劇教育の赤裸々な体験レポートです。

もし俳優志望の方で、今この投稿を読んでくださっている方がいるのであれば、すぐに買って読んでみてください。きっと留学してみたくなるはずです。

演劇に全く興味のない方も、終始とてもユーモラスに書かれていて読みやすいので、新たな世界を知る良い機会になると思います。

オーランド・ブルームファンの方が、彼の情報を求めて読もうとしているのであればがっかりするかもしれません。本当にほとんど出てこないので。しかし、彼が3年間どのようなレッスンを受け、今の活躍の基礎を作ったのか、その一端を垣間見ることができるという意味では、非常に興味深い本だと思います。

英語学習に刺激をもらう

さて、ここは英語関連ブログなので、肝心の英語に関してのお話を。

「英語ができなくて授業に支障をきたすようならすぐに参加を停止する」という条件を学校から与えられての留学ですから、研修が始まる前から英語の勉強が始まります。そもそも、文化庁のこの研修制度自体、語学力も審査対象に入っていますしね。

日本は、英語ができなくてもほとんど困らず一生を終えられる国ですが、海外で何かをしたいと思ったら、英語ができなければ門前払いなんて事態は当たり前に起こるんですよね。英語ができて、なおかつ同じことをしたいと思っている競争相手は世界中にたくさんいますし。語学力が人生の選択肢の数を左右するという事実を痛感します。

この『ロンドン・デイズ』は、まず正式な渡英前の一ヶ月間、現地の語学学校に通う様子から始まります。それに付随した生活の拠点探しについても詳しく描かれています。語学学校のレッスンの様子は、語学留学に憧れる学習者にとって刺激的ですし、世界中から集まった生徒のもつエピソードに大きな衝撃を受けます。報道で知ることと、生の声を聞くことでは、世界の広がり方が違いますよね。英語を習得して、もっと直接世界のことを知りたいと感じるエピソードです。

鴻上さんの英語奮闘記は、演劇学校に入ってからも続きます。なにしろ、レッスンだけでなく、休憩時間のコミュニケーションも全て英語です。語学学校の場合、日本人同士でつるんでしまうという話を良く聞きますが、他に日本人のいない演劇学校ではそんな訳にはいきません。演劇学校と並行して語学学校やプライベートレッスンを受け、課題に追われながらも日本の仕事をこなす姿は、ただただ尊敬のひと言です。「国のお金で留学なんていいなぁ」と羨ましく思っていた気持ちが、あっという間に消え去りました。甘いこと考えていてすみませんでした。

演劇学校のカリキュラムの中にも、英語を学習する時間があります。それは、RP(容認発音)の練習、いわゆる標準イギリス英語の発音練習です。イギリスは日本のような地域ごとの方言に加え、階級によってもアクセントが異なります。それゆえ、イギリスの標準的な英語として、中流階級の英語がRPに定められました。イギリスの公共放送であるBBCがこれに倣い、RPを使うようになったため、BBC発音とも言われます。イギリスの俳優たちは、このRPを話せることが必須です。(但し現在は、BBCもRP以外の発音を使用するようになっているようです。)日本でも俳優・声優を志す人たちが、NHKが出版する『日本語発音アクセント辞典』で標準語のアクセントを学びますが、イギリスの方言事情も同じなのですね。

英文を作れるけど話せない、身近な英語表現ほど分からない、発音記号は分かるけれど聞き分けられないなど、全ての日本人学習者がぶつかるであろう壁に、真正面からぶつかり、乗り越えていく様に、勇気をもらいました

生徒同士の雑談においても、少し聞き取れるようになってきたと思ったら、また別の生徒のアクセントに苦しめられる。英語の無間地獄のようですね。そんな中、1年間の留学生活で、こんなに充実した学生生活を送られていたのは、鴻上さんが奢らず偉ぶらず、演劇と、レッスンと、クラスメイトと、先生と、英語と、イギリスに、真摯に向き合ってきたからなのではないかと思います。この本には、作者のかっこ悪い姿も正直に綴られているので、いつの間にか、共に悩み、苦しみ、泣き、笑いながら留学生活を疑似体験しています。

この本を読んだら英語力がすぐに上がるというわけではありません。しかし確実に、刺激と知識を与えてくれる一冊です。差別や階級制度といった、リアルなイギリス生活に触れられます。20年前の留学体験記ですが、全く色褪せていません。しかも終始楽しく読めるんですから最高です!英語学習のお供にいかがでしょうか? 

ロンドン・デイズ (小学館文庫)

ロンドン・デイズ (小学館文庫)

 

   

願わくば、この本をキッカケに演劇や舞台芸術に興味を持って、劇場に足を運んでくださる方が増えて欲しい。演劇人の一人として、そんな期待も込めて。

 

Today's proverb

Better late than never.:何事も手遅れということはない